人間力を磨いて頼み上手に
人に何かを頼む。それは相手の時間や労力を自分のために費やしてもらうことを意味する。それだけに「ずうずうしい奴と思われないか」などと考え、つい言葉をのみ込んでしまった経験は誰にもあるだろう。しかしビジネスはある意味、「頼み―頼まれる」ことで成り立っている。職場で気軽に「頼める」関係を築く方法を考えよう。
そもそも、なぜ私たちは頼むのが苦手と感じるのか。目白大学で心理学を教える渋谷昌三さんは、頼み下手な人には2つのタイプがあると言う。「気が弱い人」と「完全癖の人」だ。気が弱い人は断られるのが怖くて頼めない。一方完全癖の人は、物事が思う通りに進まないと気が済まないから、人に頼まずすべて自分で抱えてしまう。
「気弱な人は、まず仲の良い人に、断られる心配のない簡単な頼み事をして頼むことに慣れましょう。完全癖の人は、他人は自分以上のことはできないと腹をくくるとよいでしょう。頼んだ結果にストレスをためないことが肝心です」
ここから一歩進んで頼み上手になるには、日頃から頼める環境・関係を作っておく努力が欠かせない。全くの初対面や心理的な距離がある相手では、当然ながら「頼み―頼まれる」関係性は作れない。この関係を築く基礎となるのが心理学で言う互恵性の原則だ。
人は他人から何らかの恩恵を受けると、お返しをしなければならない気持ちになる。車を運転している時、自分が誰かに譲られたら、自分もまた誰かに譲りたくなるのと同じである。つまり、普段から相手の頼み事を引き受けておけば、自分が頼む立場になった時に、相手が断りにくくなるのだ。そして次に大切なのが相手のメリット。
「何の得にもならないことを積極的に引き受ける人はいません。上手にメリットを伝えるのは頼む際の礼儀のようなものです」
ギブ・アンド・テークで信頼関係を築く。頼み上手になるための条件を一言で言えばこうなる。ビジネスパーソンとしての人間力を磨くことが、そのまま頼み上手への近道になると言える。
よくあるシーン別「賢い頼み方」10
(1)いつもでなくても、「いつもお願いばかり」と言ってみる
初めて頼む相手に対しても「いつもお願いばかりで…」と言ってみよう。人は常に自分の行動を一貫させようとする心理を持っているため、「いつも」が強調されると「今回も」引き受けなくてはならないという気持ちになりやすい。いつも引き受けているのに今回はやりたくないとなると、それ相当の理由が必要だと感じ、なかなか断れないのである。
(2)依頼がダメなら相談で持ちかけろ
「頼みたい」「お願いしたい」と言うと断られてしまうなら、「相談したい」という形で話を持ちかけよう。相談なら応じてくれる可能性はかなり高くなるし、その相談事について一緒に考えているうちに、相手に自発的な“参加意識”が芽生えてくる。相談の内容に関心が高まってくれば、「相談したい」を「頼む」と言い換えても、相手はすんなりと応じてくれるはず。
(3)なかなか会おうとしない人には
わざわざ時間をかけて会いに来てくれた人の依頼は断りにくい。だから最初から会わないことで頼み事から逃れようという心理が働く。そんな人の閉じたドアを開く言葉が「別件で近くに来たので、ちょっとご挨拶に伺いたいのですが…」。わざわざ会いに来たのではなくたまたまなら心理的負担も軽く、会おうかという気になる。これで第1関門は突破。会ってしまえば後はあなたの腕次第だ。
(4)「できない」の一点張りの相手には“ロミオとジュリエット作戦”
いくら頼んでも「できない」としか言わない相手には、「やっぱりダメですか」と引いてみるのも手。一生懸命に口説いていた人が急にあっさり引くと、相手は意固地になって断っていた感情が急にはぐらかされて、軽いフラストレーションに陥る。頃合いを見計らって「やっぱり諦めきれません。もう一度考えていただけませんか」と再度お願いすれば、引き受けてくれることが少なくない。禁じられたことで逆に燃え上がる“ロミオとジュリエットの心理”を巧みに突くことで、相手の同意を引き出せる。ただし引き時のタイミングを間違えると、相手は「そんなに真剣ではなかったのか」と思ってしまうので要注意。
(5)マイナス情報は先に言う
誰だって頼む時には悪条件は言いたくないもの。しかしマイナス情報を隠しても、頼んだ相手が事情に詳しかったり、ほかの人から聞かされたりすれば、「なぜ事前に言わないのか」と不信を招き、話が白紙に戻ったり、二度と引き受けてもらえないことになりかねない。その点、きちんと説明しておけば、相手の印象を悪くすることもないし、信頼を高めることにもなる。
(6)忙しい人に頼む時は
デキる人には仕事が集中し、必然的に忙しくなる。しかし大事な仕事であればあるほどデキる人に頼みたい。そんなデキる人に時間を割いてもらいたいなら面会時間は「30分ほど」とか「小一時間」などと曖昧な言い方ではなく「15分だけ頂戴できますか」と区切った方がよい。この表現は、“けじめ”のある人間という好印象を相手に与える。また、面会時間を短めに伝えることで、忙しい自分の立場を考慮してくれているという印象も与えられる。この誠実さによって、相手は心を開くのだ。
(7)依頼内容に不平や不満を言ってきたら…
依頼内容に不満を抱いている時は、正面から反論するのは逆効果。お互いの主張を言い争う最悪の結果になってしまう。こんな時はとにかくじっくり相手の言い分に耳を傾けよう。「どこが良くないのか詳しく教えていただけますか」などとこちらから質問して、相手の考えを引き出せればさらによい。相手は自分の言い分を吐き出すことで頭の中を浄化・整理させて、こちらの言い分を理性的に聞けるようになる。相手が吠えている時ほど、冷静に話を聞くことが重要。
(8)困難な依頼の前には、より困難な依頼を持ちかける
かなり難易度の高い頼み事で「これは難しいかな」という時は、さらに受けてもらえそうにない、より困難な依頼をしてみよう。そうすることで、本来の頼み事がそんなに難しいことには思えなくなる。さらに、最初の依頼をあえて断らせることで、相手に罪悪感を持たせることができる。相手は前回断った後ろめたさがあるので、最初の依頼より簡単に見える本来の依頼を、引き受けてくれることがある。
(9)連帯意識で引き受けさせる
欲得抜きで依頼を承諾させるテクニックがある。それが連帯意識を利用する方法だ。例えばライバル社の製品Aに対抗するため、新製品のデザインを誰かに依頼しなくてはならないとする。そんな時は製品Aのデザイナーとライバル関係にあるデザイナーに依頼するのだ。「あなたならライバル以上の仕事ができる」と相手の自尊心をくすぐり、敵愾心に火をつけよう。“敵の敵”を利用して連帯意識を持たせれば、相手も引き受けてくれやすい。
(10)悪天候を味方につけろ
悪天候の時、人は行動が消極的になりがちである。だからこそ悪天候を利用できるのだ。誰もが外に出たくないと思っている天候の日に、あえて依頼する相手のところへ行けば、相手は「わざわざこんな天気の中ご苦労さまです」とねぎらってくれるばかりではなく、こちらに対して心理的負い目を感じる。その負い目があると、依頼を引き受けようかという気持ちになりやすいのだ。悪天候は絶好の“依頼日和”なのである。
渋谷昌三氏
目白大学人間社会学部教授
Shouzou Shibuya
1946年生まれ。学習院大学卒業、東京都立大学大学院博士課程単位取得満期退学。心理学専攻、文学博士。山梨医科大学教授を経て現職に。非言語コミュニケーションを基礎とした「空間行動学」という新しい研究分野を開拓。
少し古い文章ですが、中々面白い記事でしたので、再掲します。
小さいお願い(お見合いの依頼)から大きいお願い(プロポーズ)へ。
私たちの最終目的は結婚です。お相手から依頼されたり、こちらから依頼したりしながら最終ゴールに向かいます。うまく利用して頑張ってみましょう。